設立趣意

日本童謡学会  設立趣意書

 

今年(2018年)は童謡が生まれて100周年

1918年(大正7年)に児童雑誌『赤い鳥』が創刊され、ここで初めて「童謡」という言葉が使われました。
年(2018年)で「童謡」は100周年を迎えました。
これを機に、日本童謡学会を設立いたしました。

日本における子どもの歌は、古来より“わらべうた”として伝承され、明治時代には文部省による唱歌、そして大正時代には童心と芸術性を重視した童謡が誕生しました。
日本の童謡は、当時の著名な作家、音楽家たちがこぞって創作し、童心はもちろん、日本の自然や風習を表現した作品が数多く生まれ、海外でも稀ともいえる文化に発展しました。

子どもたちの情操教育にも活用されてきた童謡ですが、時代や風習の変化、趣味の多様化によって、童謡に触れる機会は激減し、その存在感たるや、童謡文化は危機的状況に陥っているといっても過言ではありません。

大正・昭和の名作童謡に親しんだ世代の高齢化が進み、当時の童謡の魅力を家族や次世代に体験談として伝え残していく機会はますます減っていきます。また、童謡作家の子孫たちだけが知っている秘話や資料など、今後の童謡の研究に欠かせないデータが埋もれていく恐れもあります。
童謡に関する研究、検証は、まだ不明な点や誤りが多いのも事実です。それは、唱歌と童謡の区別がわかりにくいことや、童謡の世界観があまりにも深く、様々な説が流れることにも起因します。このままでは、インターネット主流の現在、間違った情報が氾濫していて、正しい知識を身に着けることは困難です。

また、かつての昭和の戦後期に、「みかんの花咲く丘」や「里の秋」を作曲した童謡作曲家、海沼 實によれば、“童謡は「心のおやつ」”と位置付けられていました。現在、あらゆるモノに満たされた豊かな社会の裏には、最も大切な「心の豊かさ」が置き去りにされているとも感じます。家族や育児におけるトラブル、社会の歪み、そういったニュースが後を絶ちません。今こそ、子どもたちの情操教育や、大人たちの心の拠り所として、童謡文化が見直されるべきだと思います。

2018年には、児童雑誌『赤い鳥』が創刊され、童謡文化が本格化してから100周年を迎えます。この童謡100周年の節目を逃してしまったら、永遠に正しい童謡文化の検証、そして継承は困難だと断言できます。

私たちは現在望みうる童謡関連の専門家、関係者、有識者の知恵を結集し、童謡の歴史や作品の解釈、正しい知識を研究し、「童謡の心」を世に残していくために、日本童謡学会を設立いたします。童謡学会を設立して童謡を普及・発展することにより、三つの効果が期待できます。

第一に、世代を超えた「コミュニケーションの活性化」です。童謡は、子どもから大人まで、世代を超えてみんなで歌える歌です。家庭で、行事で、趣味で、世代に関わらず童謡を歌う機会が増え、それは世代をつなぐ架け橋としての役割になります。かつての大衆文化の時代と違い、趣味が多様化している現代では、みんなでわかり合える文化は多くありません。その点、童謡は気軽に口ずさむだけでも良いのです。

次に、「童謡を題材にした地域創生」です。童謡の舞台となった地域や、作詞家・作曲家の軌跡は、全国各地に点在します。歌碑や記念館も多数ありますが、残念ながら、注目されるに至っていません。その地域・風土から生まれた童謡を、まずは地元で分かち合い、そしてその輪を全国に広げていく。日本童謡学会の研究は、地域創生に大きく貢献します。

最後に、この日本特有の童謡文化は、海外でも高い評価を受けており、「国際文化交流に活用」できます。日本の童謡文化は、当時一流の作家、音楽家たちが子どものために愛情を注いで芸術性の高い作品群を作り上げ、海外の童謡と比較しても、多彩な魅力を持っています。
日本を代表する文化である童謡を世界に発信し、世界各地の童謡にも親しむことで、価値ある国際文化交流につながります。

このように、童謡は、人、地域、世界をつなぐ日本文化として、次世代に歌い継いでいくことが私たちの使命だと考えます。

2018年7月1日